ショパンの曲の背景知識のリサーチを楽しんでいます。
きっかけはノクターンにある付点リズムのフレーズについて、「ポーランドらしく弾かないと」、という先生の言葉でした。
子供の頃、初めて弾いたショパンはマズルカ(7-1)で、面白い曲だなぁと。飛び跳ねてたと思うと、異国的な不思議な音色に変わるのです。その後、ワルツをいくつか弾きましたが、ショパンの印象は「おしゃれな短い曲の貴族的な作曲家」でした。
再開してからすぐのショパンは、幻想即興曲だったり、軍隊ポロネーズだったり、なーんか派手目でした。たぶん、指が動くか確認したかったのでしょうね。
ここに来て、なぜかショパンのノクターンばかり。年齢的に、あまりエネルギーの要らない、比較的短くて美しい曲を選んだ結果だと思います。そして幸運なことに、今の先生(ポーランドに留学されてました)の指導の元で、本当のショパンらしさにちょっとは近づけてきたかも知れません。(とはいえ、弾ける曲はわずかですから、ほんとに表面的です。)
おそらくショパンをよく知っている人なら、すぐに答えは出たと思うのですが、直感的に、大事なことだなと思うと、ゆっくり時間かけて、吸収しながらリサーチしたくなります。
今回はゆっくりと2つの方向からリサーチしてみました。
ひとつは、この「付点リズム」からのアプローチで、これは、ショパンの、特にマズルカの大きな特徴のひとつでした。彼は祖国ポーランドの民族舞踊を愛し、その中でも3つの舞踊、マズル(付点リズムをもつ明るい感じ)、オベレク(回転を繰り返す)、クヤヴィアク(ゆったり、メランコリック)という舞踊のリズムやメロディーの傾向を使って、50曲以上のマズルカを書いたとのことです。
YouTubeで、マズルの踊りを見ましたが、可愛くてビビッドな動き。飛び跳ねているようで、このリズムをピアノで表現出来たら、美しくていいなあ、と思いました。
たぶん子供の頃の印象の「面白い、不思議」は、このポーランド民謡的なリズムやメロディーを子供らしく素直に感じたからでしょうね。
もうひとつの方向は、ショパンの人生の記録を読むことですが、自伝がないので、彼のその時折々の思いを知るには書簡しかないとのことで、この本を参考にしています。

今弾いているノクターンの9-1が作曲されたのは1831年ですが、まさにパリに移住した年です。そこでその時のポーランド情勢、ショパンの祖国への思いなどを考えてみました。
ポーランドの歴史を調べるとショパンの時代はロシアとのせめぎ合いがありました。もちろんフランスに亡命したのですから、フランスも縁の深い国だったのですが、当時はロシアの半支配下にあり、1830年は、「11月の蜂起」と呼ばれる、ポーランドの独立運動が起こった年ですが、たちまちロシアに鎮圧されてしまいます。
ショパンは父親やら姉妹の身を案じながらもパリに旅立ちました。この華やかな都市にすぐに馴染めたという印象はありませんが、サロンでショパンのピアノは大歓迎され、居心地は悪くなかったように思えます。ただし、常にポーランドへの思いがあったようで、書簡にはそれが強く表れていました。
私が練習しているのはノクターンですが、その所々に現れる付点リズムは、やはりポーランド舞踊のリズムで、メトロノーム通りの弾き方では、ショパンの思いは伝わらないのですね。また、たまに、わざと「垢ぬけない」メロディーを使っているのでは、と思う箇所がありましたが、きっとこれは民謡のメロディーの要素を使ったのではと思います。
背景知識の勉強はとても楽しいですが、これがすぐに演奏技術の良さに繋がる、なんて甘いことは全く期待していません。
ただ、ショパンを弾く楽しみがより深まったのは確かなようです。