去年のピアノ再開時、最初に練習したのは、モーツァルトのソナタ7番(k310)でした。単純にその前の中断時に弾いていたからです。
その時、「ソナタって何だろ?」で調べたのが、ざっくりした形式のリサーチの最初でした。
形式の知識や分析は、やはり作曲家の全体のプランが細かい部分にも関連してくるので、練習のある時点で必要になってくると感じます。例えるとしたら、地図で位置情報を確認している感じです。周りがどんな地形か、とか。
「ソナタ形式」とは、簡単に言うと、第一、第二テーマ、展開部、そして第一、第二テーマを繰り返すというものです。テーマが繰り返されるので、統一感があります。ある裏話では、貴族の食事の時間に合わせて、同じテーマで引き伸ばすための形式、なんてのもありました。違うテーマを提示するのが大変だから、とか。
よく聞く名前では「ロンド形式」がありますが、これも繰り返しがあるものです。
今回のノクターン55-1は、ざっくり言うと、3部形式(ABA)に入るのですが、中でもちょっと複雑な複合3部形式です。でも、3番めはAとすぐには分からないし(とても短い部分繰り返されて、あとはかなり姿を変えた変奏)、すぐにキラキラのCoda に入るので、初めは形式は分かりませんでした。
1部は、なんだか珍しくやや単調で、(もちろん、あっちこっちに少しずつ変奏があり、そこがきめ細やかに美しいのですが)、軽やかなようで寂寥感が感じられるのです。風の吹く、明るくはない草原を一人歩いているような絵が目に浮かびました。
ところが2部は、打って変わって激しく、畳み掛けるような(テンポも速くなり)感情的な展開になるのです。まるで、急に何かの思いが心に吹き出して乱れ始めたような。
そして最後はキラキラCoda。本人なのか、思いだけなのか、天空を舞っているような表現。
一番最後は鐘の音のような、でも決して暗い感じではない和音で終わります。
不思議な曲だなあと思いました。
もうひとつ、ショパンにしろベートーベンにしろ、曲を「献呈」するとき、貴族や貴族の夫人に対して、というイメージを持っていましたが、この曲は、弟子の女性に対してで、これも何だか不思議に感じました。(それとも、よくあったのかな???)
この曲はショパンがジョルジュサンド(小説家)と暮らしている時に作られました。なんとなく体調は崩していたようですが、同時期に英雄ポロネーズも作曲していたので、弱っていたわけではないようです。
(マヨルカ島とパリを往き来していたみたいですが、気候が合わなかったり、ピアノの運搬などなど、苦労もあったようです。)
しかしこの後、ジョルジュサンドと別れます。これも真偽はわかりませんが、ジョルジュサンドが、病弱な夫を介護する妻という設定の小説を書こうとしていて、ショパンが不快に思ったのも一つの原因とありました。
数年後、ショパンはこの世を去ります。なのでこの曲は「晩年の…」と書かれたりしていますが、作曲時の35歳が晩年と表現されるとは。私の中では、晩年は死を意識する時期なので、この若さで「晩年」とは? それとも何かしら、数年後の死を予感していた、という書簡でも残っているのでしょうか?
とにかく不思議な印象の曲です。
前回の8番(27-2)は25歳の時に作曲されたものでした。盛りだくさん、キラキラ多数。それに比べると、15番は、前半後半のコントラストこそ特徴的ですが、やはり前半は確かに少し地味ですし、難易度も8番ほどではないという位置づけになっています。それでも、とても難しいです。ペダルを踏むタイミングが以前にはなかった難しさだったり(ただ、これは本人の指示かどうかは分かりませんが)速度の変化が複雑だったり。
さあて、練習、練習っと!